電気自動車の普及が進んでいます。
日本政府は2035年までに新車の販売を100%電動化する目標を掲げていますし、これからの10年で自動車の電動化はますます加速することでしょう。
そして電動化の波は農業機械にも訪れています。
世界に先駆けてアメリカのSolectrac社が電動トラクターの販売を開始したほか、日本、ドイツ、トルコなど各国の農機メーカーが開発を進めています。
また日本では農林水産省の「みどりの食料システム戦略」において2040年までに農林業機械の電化技術確立を目標に掲げており、自動車業界に遅れをとってはいますが今後10~20年の間に電動トラクターの普及が進むことは間違いないと思われます。
近いうちにやってくる農業機械の電動化時代に備えて、まずは電動トラクターについて勉強してみましょう。
※なお、これから述べる電気トラクターのメリット・デメリットについては、使用環境の前提が海外であったり日本であったり混在している部分があります。本サイトが掲載する情報はあくまで目安としてとらえていただきますようお願いします。
電動トラクターの基本
メリット、デメリットについて述べる前に、まずは電動トラクターとは何か?というところから始めましょう。
歴史と市場規模
意外にも電動トラクター開発の歴史は古く、19世紀のドイツにさかのぼります。
エジソンが白熱電球を発明してから15年後の1894年、Zimmermann 社はモーターを動力源とした自走式のプラウを開発しました。
電力はケーブルを通して供給されるタイプだったようです。
その後小規模ではありますが、商業的に使用された電動トラクターも登場。以降イギリス、ロシアなど各国が開発を始めますが、電力はすべてケーブルを介して供給されるタイプでした。
出典:FARMERS WEEKLY Machinery Milestones: Electric tractor power
その後バッテリーを搭載した現代型の電動トラクターが開発されたのは、1980年代に入ってからです。
アメリカ サウスダコタ州立大学の技術者が率いる研究チームによって開発された電動トラクターは2つのバッテリーと2つのモーターを搭載。
ただしバッテリーの総重量は約2t、充電に8時間を要し、商業化には至らなかったようです。
その後リチウムイオンバッテリーの登場や環境問題に対する世界的な意識の高まりを追い風として電動トラクター開発に再び注目が集まり、ドイツのFendt社やアメリカのSolectrac社が2010年代に電動トラクターの商業生産を開始。
その世界市場は2021年時点で1億3200万USD、2030年には3億3630万USDに達すると予想されています。
構造
次に、電動トラクターの構造について調べてみましょう。
出典:Club of Bologna “Electricity for tractors and tractor-implement systems”
上の画像はFendt e100 Varioのボンネットの中を示したものです。
図中の6パーツを日本語に訳すと以下のようになります。
- リチウムイオンバッテリー(700V、100kWh)
- DC急速充電口と400Vの普通充電口
- モーター
- ダイナミックパワーマネージメント(作業負荷に応じてバッテリー側の出力を制御する機構)
- 作業機用電源
- ヒートポンプによる温度制御
従来のディーゼルトラクターの場合は、
- 燃料タンク
- 給油口
- エンジン
- バッテリー
- ラジエーター
などがエンジンルームに収められていますが、電動トラクターには当然燃料タンクもエンジンもありません。
代わりに電源であるバッテリー、動力であるモーター、冷却装置であるヒートポンプ等が搭載されています。
ちなみに、電気自動車の場合ネックとなるのがバッテリーの重さです。
バッテリーのエネルギー密度はガソリンの1/10しかありませんので、十分な航続距離を得るために電気自動車は数百キログラムの重たいバッテリーを積んでいます。
重すぎると走行性能が落ちてしまい、軽すぎると容量が減って長い距離を走れない…というジレンマです。
ところが、電動トラクターの場合は事情が異なります。
トラクターはもともと、後ろの作業機の重さや作業負荷とのバランスをとるために前方に重りを付けて走行しています。
つまりバッテリーの重さはトラクターにとっては好都合!というわけです。
容量の大きなバッテリーを積んでも性能に影響が出にくいことが電動トラクターの特徴なのです。
電動トラクターのメリット
電動トラクターについてのイメージがわいてきたところで、ここからはそのメリットとデメリットについて調べていきたいと思います。
まずはメリットから。
排気ガスを出さない
日本では、農業機械の排気ガスは「特定特殊自動車排出ガスの規制等に関する法律」、通称オフロード法で定められています。
出典:環境省 ”特殊自動車の排出ガス低減対策について”
排気ガスによる大気汚染を防止するため、排出ガス基準が3段階に分けて徐々に規制が厳しくなってきた経緯があります。
規制対象となる物質は以下の通りです。
- 一酸化炭素
- 非メタン炭化水素
- 窒素酸化物
- 粒子状物質
- ディーゼル黒煙
こうした環境規制は諸外国においても進められており、ディーゼルエンジンを搭載する従来型のトラクターはそのたびにコストをかけて対応を進めてきました。
一方、電動トラクターはディーゼルエンジンを積んでいないため、当然環境汚染の原因となる排気ガスを排出しません。
電動トラクターは、農業機械の排ガス問題を一挙に解決する方法ということができるでしょう。
また化石燃料を直接使わないという点で、温室効果ガスの排出も同様に低減することができます。
騒音が少ない
トラクターが活躍する場所は、郊外の広々とした農園ばかりではありません。
住宅地に隣接した圃場も多くありますし、公園の芝生の整備や広場の草刈りなど、人の暮らしの近くで使われることが多い農業機械の一つです。
そこで問題となるのが、騒音問題。
特に農作業は早朝から行われることが多いため、近隣住民とのトラブルになりやすいという一面があります。
出典:農研機構 水田用農業機械の騒音評価
上の資料によると、作業中のトラクターの騒音は80dBを超えていますね。
80dBといえば、窓を開けた地下鉄の車内と同じくらいの騒音だそうです。
トラクターとの距離にもよりますが、これはキツイ…
一方、電動トラクターは電気自動車と同様ほとんど騒音がありません。
走行時の動画を下に貼りましたが、かなり静かです。
すくなくともアイドリング中は問題なさそうですね。
作業機を動かすときはさすがに音が出るでしょうが、ディーゼルトラクターの場合より大きく改善するものと思われます。
エネルギー代が安い
従来型トラクターの悩みどころの3つ目は、燃料代の高騰です。
2022年現在ウクライナ情勢や円安のあおりを受けて燃料代が高騰し、農業経営に深刻な影響を及ぼしています。
電動トラクターは、この燃料費高騰問題をも解決してくれます。
ディーゼルトラクターの 燃料年間使用量と燃料費 | 電動トラクターの 電気年間使用量と電気代 |
863L、120,820円 | 937,9kW、25,323円 |
軽油価格を140円/L、電気代を27円/kwとして算出
Oregon State University “Total Cost of a Compact Battery Electric Agricaltural Tractor”のデータより作成
上の表はオレゴン州立大学の試算から一部抜粋したものですが、小型のトラクターを年間250時間使用した場合のエネルギー代を比較したものです。
日本とはやや事情が異なる場合があるかもしれませんが、年間のエネルギー代は約1/5と圧倒的に電動トラクターが安いことが分かりますね。
原油価格に左右されにくい点も魅力的です。
電動トラクターはメンテナンスが簡単
電気自動車でよく話題に上るのが「部品が少ない」ということ。
ガソリン車やディーゼル車に使われる部品数は約3万点であるのに対して、電気自動車の部品数はその3分の1の約1万点にすぎないのです
電気自動車が普及すると、日本とドイツの経済が苦しくなるわけとは
バッテリーとモーターで動く電気自動車は構造がシンプル。構成する部品の数も少なく済むのです。
そのためため維持にも手間がかかりません。
ガソリン車はエンジンオイルや点火プラグなどの交換が必要ですが、電気自動車ではそれほどの保守点検作業は必要とならないので、修理やサービスの仕事も激減することが予想されている
電気自動車が普及すると、日本とドイツの経済が苦しくなるわけとは
電気自動車と同じくバッテリーとモーターで動く電動トラクターはそのメリットも同じ。
エンジン不調のトラブルとは無縁なのです。
電動トラクターのデメリット
ここまでご紹介した通り環境にも人にも経営にも優しい電動トラクターですが、デメリットもあるようです。
充電に時間がかかる
ディーゼルトラクターの給油はものの数分で終了します。
あらかじめ有人の給油所にタンクを持参し入れてもらうか、ドラム缶のような予備のタンクを用意して配達してもらう必要はありますが、準備さえ忘れていなければ給油しながらトラクターを連続使用することができます。
一方、電動トラクターのエネルギーである電力はバッテリーに貯蔵されているため、事情が異なります。
出典:村田製作所 第1回 リチウムイオン電池とは?専門家が語る、その仕組みと特徴
リチウムイオンバッテリーの充電時は、正極から負極へのリチウムイオンの移動が行われています。
単に液体をタンクに満たす作業と違い、電極と電解液の化学反応なので時間がかかるのですね。
以下に、電動トラクターの充電時間と稼働時間の例を挙げてみました。
車種 | 充電時間 | 稼働時間 | 充電環境 |
Monarch MX-V | 4~5時間 | 10時間以上 | 240V、80A |
Solectrac e25 | 8時間 | 3~6時間 | 220V、30A |
Solectrac e25 | 12時間 | 3~6時間 | 120V、15A |
日本の家庭用ほか一般的な充電設備(コンセント)は100Vと200Vですが、住宅や作業場によっては100Vしか設置されていないこともあります。
表は海外の充電環境なので単純比較はできませんが、100Vコンセントの場合は相当時間がかかってしまいますね…
車種や充電設備の電圧によっては急速充電が可能となり1時間以内に80~90%充電できるそうですが、それでもディーゼルトラクターの給油より時間を要します。
昼食の間に充電ができるような圃場ならいいのですが、周辺環境と設備次第です。
ただ電気自動車の普及が先行しているはずですので、電動トラクターが活躍するころには充電設備の普及も進んでいると思われます。
インフラや制度の整備を待つこととしましょう。
本体価格が高い
ディーゼルトラクターのような成熟した市場と異なり、電動トラクターは欧州やアメリカで商業生産が開始されたばかりの新しい市場です。
当然電動トラクター本体の価格は高いものと思われますが、いくらなのでしょうか?
例として、Solectrac社2車種の価格とディーゼルトラクターの価格を調べてみました。
種別 | 車種 | 馬力 | USドル |
電動 | Solectrac e25 | 25HP | 27,999$ |
電動 | Solectrac e70N | 70HP | 74,999$ |
ディーゼル | John Deere 3025E | 24.7HP | 21,913$ |
ディーゼル | John Deere 5067E | 67HP | 31,936$ |
2WD/4WDの違いやキャビンのグレードなどスペックが違うためなんとも比べがたいですが、馬力の近い車種どうしを比べるとやはり電動トラクターは高いですね。
特に70馬力クラスだと倍以上のお値段です…
エネルギー代や維持費との兼ね合いで結果的に安上がりとなる可能性はありますが、少なくとも初期投資の額は今のところ電動トラクターのほうが大きくなってしまいます。
バッテリーには寿命がある
電動トラクターにとって最も重要なパーツであるバッテリーには、寿命があります。
寿命がくれば交換しなければなりませんが、どの程度の費用がかかるのでしょうか…
まず参考として、同様の事情を抱える電気自動車の例を見てみましょう。
もちろん、EV(電気自動車)の駆動用バッテリーを交換することは可能です。しかし、EVのバッテリーはエンジン車におけるエンジンのようなもの。エンジンも交換することはできますが、故障したエンジンを交換してまで同じ車に乗り続けるケースはそんなに多くないでしょう。
引用:EV-DAYS “電気自動車用バッテリーの寿命はいつ? 交換や値段、仕組みについて解説“
ひとつの目安として、日産が実施している有償交換プログラムによると、新品バッテリーへの交換は、24kWhが71万5000円、40kWhが90万2000円(すべて税込)に4〜5万円程度の工賃がプラスされる価格となっています。また、再生バッテリーを使った電池への交換は24kWhが42万3500円、30kWhが48万円(すべて税込)プラス工賃という価格です。
引用:EV-DAYS “電気自動車用バッテリーの寿命はいつ? 交換や値段、仕組みについて解説“
やはりお高いですね…
Solectrac社の電動トラクターのバッテリーも22~60kWhほどの容量ですから、やはり100万円前後のコストがかかると考えてよさそうです。
つぎにバッテリーの寿命ですが、Solectrac e70Nについては以下の通りです。
60kwhのリチウムバッテリー 80%充電で3000サイクル
1サイクルで5時間稼働、年間500時間使用すると仮定すると、バッテリーの寿命は単純計算で30年…
メーカーもバッテリー寿命は10年以上、6年間の保証付きと説明していますので、すぐにバッテリー交換が必要になることはないでしょう。
バッテリーの寿命が来たら買い替える、というのが現実的と思われます。
SOLECTRAC社の電動トラクターをご紹介!
SOLATEC社は2022年4月現在で馬力の異なる3つのトラクターを販売中。
小回りの効く25馬力!25 HP Category e25
25 HP Category e25はローダー付きで全長365cmの小型電動トラクターです。
家庭菜園や小型のハウスで活躍するサイズですね。
ゴルフ場やレジャー施設など事業者向けにも1台あれば活躍しそう。
- 馬力:25HP
- バッテリー:22kWh
- 充電時間:220Vで8時間、120Vで12時間
- バッテリー寿命:80%DODで3,500サイクル
- 駆動時間:3~6時間
- 本体価格:$ 27,999USD、フロントローダー:$ 4,299USD
何にでも使える万能の40馬力!40 HP Category eUtility
結局このサイズですよね。日本の農業でよくあるような中規模のハウスや圃場で活躍が期待できます。
- 馬力:40HP
- バッテリー:28kWh
- 充電時間:急速充電で4時間
- バッテリー寿命:80%DODで3,000サイクル
- 駆動時間:4~6時間
- 本体価格:$ 41,399USD、フロントローダー:$ 9,999USD
高出力の70馬力ながらスリムな車体!70 HP Category e70N
70馬力といえばかなり大型の車体をイメージしますが、70 HP Category e70Nはスリムで扱いやすいのが特徴です。果樹園のような小回りが要求される現場でも使いやすい!
- 馬力:70HP
- バッテリー:60kWh
- 充電時間:220Vで8時間
- バッテリー寿命:80%DODで3,000サイクル
- 駆動時間:3~8時間
- 本体価格:$ 74,999USD
以上、電動トラクターについて調べてきました。
日本の農業機械メーカーであるクボタが2024年にも電動トラクターを国内市場に投入する、という報道があった通り、近い未来に電動トラクターの普及が始まるものと思われます。
農機の電動化を含め、これからの10年間で、農業のあり方が大きく変わることは間違いありませんね。
参考文献
Michel Williams. “Machinery Milestones: Electric tractor power”. FARMERS WEEKLY. 21 June 2019
“Electric Farm Tractor Market”. straits research. 08 Aug 2022
Peter Pickel. “Electricity for tractors and tractor-implement systems”. Club of Bologna. November 2019
車中泊の必需品!災害や停電時にも役に立ちます。
コメント
コメント一覧 (1件)
交換バッテリーの費用が一番気になりますかねー。普段の電気代がガソリンに比べて安いのはわかりますが、バッテリー交換が高そうですよね。