2022年4月、「みどりの食糧システム戦略」を推進するための新法が成立しました。
「みどりの食糧システム戦略」において、農林水産省は生産力向上と持続可能な農業の両立を目指して2050年までの目標を立てています。
その中に挙げられているのが、有機農業を広げよう!という取り組み。
なんと「耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大」を目指す姿として掲げました。
現状の0.5%からするとかなり高い目標と言えますが、欧州各国はすでに10%前後まで面積の増加が進んでいますし、日本を含め世界の有機農業拡大の動きは加速していくものと思われます。
しかし有機農業を進める上でネックになるのが「化学的に合成された農薬を使用できない」こと。
高温多湿条件の日本で農薬を自由に使えないとなると生産現場ではかなり苦戦を強いられることになりますが、しかし農薬を全く使えないわけではないようです。
有機農業でも使用できる農薬とはどんなものなのか、調べてみました。
有機農業でも一部の農薬は使うことができる!
有機農業で生産された農産物を「有機農産物」と表示し販売するためには、「有機JAS認証」を取得しなければなりません。
その有機JAS認証を取得するために必要な生産方法のルールを定めているのが「有機JAS規格」です。
有機JAS規格には、こんな一文があります。
耕種的防除(カッコ内省略)、物理的防除(略)、生物的防除(略)又はこれらを適切に組み合わせた方法のみにより有害動植物の防除を行うこと。ただし、農産物に重大な損害が生ずる危険が急迫している場合であって、耕種的防除、物理的防除、生物的防除又はこれらを適切に組み合わせた方法のみによってはほ場における有害動植物を効果的に防除することができない場合にあっては、別表 2 の農薬(組換え DNA 技術を用いて製造されたものを除く。以下同じ。)に限り使用することができる
引用:JAS 規格第 4 条 有害動植物の防除
つまり、農薬を使用しなければ大きな被害を被ってしまうという場合は、あらかじめ決められた農薬に限って使っても良いということ。
有機農業とは言えども、完全に無農薬でなくても良いのですね。
なぜ一部の農薬は有機農業での使用を許されているのか?
有機農業はそもそも「農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」です。
ということは、環境負荷の少ない農薬は使っても良いということ。
そのリストが「有機農産物の日本農林規格 別表2」です。
その中を見てみると、「天然物質由来農薬」という言葉が登場しています。
つまり、化学合成ではなく天然に由来する物質であれば、環境負荷が少ないものと考え、有機農業においても農薬として使用することができる ということでしょう。
生産現場の実態に即して、ある程度フレキシブルに設計された制度なのですね。
有機農業で使用できる農薬ってどんなもの?
それでは、有機JAS規格の別表2に掲載されている農薬について調べてみましょう。
除虫菊乳剤及びピレトリン乳剤
除虫菊とは、かつて蚊取り線香の原料にもなったキク科の多年草。
除虫菊には殺虫成分のピレトリンが含まれており、これを抽出して殺虫剤にしたものが除虫菊乳剤(ピレトリン乳剤)です。
- 成分由来:除虫菊
- 対象作物:キュウリ、ナス、イチゴ、ケールなど
- 適用病害虫:アブラムシ、アザミウマなど
- 特徴:高い選択性があり、害虫には効果が高く人には毒性が低い
- 製品例:金鳥除虫菊乳剤3
なたね油乳剤
なたね油乳剤は、その名の通りサラダオイルと同じなたね油が主成分です。
散布するとダニ類が窒息したり、ウドンコ病を治療したりする効果があります。
- 成分由来:ナタネ油
- 対象作物:キュウリ、カボチャ 、ズッキーニ など
- 適用病害虫:ダニ類、ウドンコ病など
- 特徴:物理的に作用するので、薬剤耐性がつかない
- 製品例:ハッパ乳剤
調合油乳剤
調合油とは、2種類以上の油を混ぜ合わせたものです。
調合油乳剤は、サンフラワー油や綿実油など複数の植物油から作られています。
- 成分由来:サンフラワー油、綿実油、紅花油など
- 対象作物:野菜類など
- 適用病害虫:ダニ類、コナジラミ類、ウドンコ病など
- 特徴:物理的に作用するので、薬剤耐性がつかない
- 製品例:サフオイル
マシン油乳剤
マシン油とは、原油を精製して作られた鉱物油のことを指しています。エンジンオイルなど機械類に使われているので、「マシン」なんですね。
- 成分由来:原油
- 対象作物:果樹など
- 適用病害虫:カイガラムシ、サビダニなど
- 特徴:物理的に作用するので、薬剤耐性がつかない
- 製品例:機械油乳剤95
デンプン水和剤
食品にも広く使われるデンプンが主成分で、非常に安全性が高い殺虫剤です。
- 成分由来:バレイショやキャッサバなど
- 対象作物:果樹など
- 適用病害虫:アブラムシ類、ハダニ類
- 特徴:デンプンの粘着効果で虫が窒息する
- 製品例:粘着くん
脂肪酸グリセリド乳剤
脂肪酸グリセリドは植物由来の油脂の一種です。
- 成分由来:ヤシ油など
- 対象作物:野菜類など
- 適用病害虫:アブラムシ類、コナジラミ類、ウドンコ病など
- 特徴:物理的に作用するので、薬剤耐性がつかない
- 製品例:サンクリスタル乳剤
硫黄くん煙剤
温泉地で見かける硫黄には殺菌作用があるんですね。
硫黄を加熱することで煙状にし、ハウス内に拡げます。
- 成分由来:硫黄
- 対象作物:トマト、ナス、ピーマン、メロン、キュウリ、カボチャ など
- 適用病害虫:ウドンコ病
- 特徴:加熱式くん煙機が必要
- 製品例:三光硫黄粒剤
炭酸水素ナトリウ ム水溶剤及び重曹
炭酸水素ナトリウム=重曹は、お菓子作りに使ったり漬物に使ったりする安全性の高い物質です。
こちらも殺菌効果があるみたい。
- 成分由来:天然の鉱物から生成(工業的な合成方法もある…)
- 対象作物:野菜類など
- 適用病害虫:灰色カビ病、ウドンコ病、サビ病
- 特徴:炭酸水素ナトリウムは植物に吸収され、光合成の原料に!
- 製品例:ハーモメイト水溶剤
硫酸銅(ボルドー液調整用)
ボルドー剤と言えば昔から使われている有名な殺菌剤です。
その主成分である硫酸銅は確かに天然にも存在するみたいですが、農業用はさすがに化学合成品ではないだろうか…(調べたもののわかりませんでした)
とはいえ、適切に使用すればもちろん安全です。
- 成分由来:硫酸銅、生石灰が主成分
- 対象作物:野菜類など
- 適用病害虫:疫病、斑点細菌病など
- 特徴:治療効果や予防効果があり、耐性菌の出現もないとされている
- 製品例:ICボルドー
ミルベメクチン乳剤
ミルベメクチンは微生物が合成する天然物質です。
なんでも、北海道の神社の床下に住んでいる放線菌から発見されたのだとか。
- 成分由来:微生物が生産する天然物
- 対象作物:豆類、キュウリ、スイカ、メロン、トマト、ナス、ピーマンほか多数
- 適用病害虫:ハダニ類、コナジラミ類など
- 特徴:光で分解され、作物に残らない
- 製品例:コロマイト乳剤
スピノサド水和剤
こちらも微生物由来の天然物。
バージン諸島のラム酒工場後から発見された土壌放線菌が合成するそうです。
研究者の執念を感じますね。
- 成分由来:土壌放線菌由来の天然物
- 対象作物:カブ、ダイコン、ニンジン、ほか多数
- 適用病害虫:アザミウマ類ほか
- 特徴:光で分解され、作物に残らない
- 製品例:スピノエース顆粒水和剤
以上、有機農業でも使える農薬の一部を見ていきました。
聴き慣れない物質名をみると大丈夫かな… と思ってしまいますが、こうして調べてみれば確かに安全!と納得できますね。
安全・安心な農薬をかしこく使って、オーガニックライフを楽しみましょう!
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